キラキラ☆女子にはなれない

よくいるおっさん系迷走アラサー女のブログ

友人を亡くした話

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村
参加しています。
よろしければご協力ください。 



 

 

 

 

友達が死にました。


…なんてのっけからくっそ暗い書き出しに
なってしまったけれども。

学生時代から現在に至るまで親交があり、
今でも月1ペースで会っていた親しい友人で
度々このブログ内でも彼女の奇行を取り上げた
こともありました。


死因は自殺でした。
遺書も残されていたし、逝き方も計画性の
あるやり方で、事故や他人から故意に…と
いうものではなかった。

残していった手紙も読んだけど、
直接的な理由となることは何も書かれておらず
残された私たちが身近な人達が持っていた
彼女の話を繋ぎ合わせて
「恐らくこうなんだろう」と推察しているだけ。


ある人は「自分も同じ状況だったら…」と
考えるし、
また別の人は「他にやりようがあったのに」と
悔やむようなことでした。

まあ、当人が既に居なくなってしまったので
本当に私たちが考えた「理由」となり得る
状況が事実なのかどうかは知りようがないけれど。


身近に住んでいた親しい友人として、彼女の
葬儀を少し手伝わせていただいたりもして、
残された彼女の身内のフォローをしたり、
本当に慌ただしい一時が過ぎました。


そこで考えたことがふとあったので、
忘れないためにも書き残しておこうと思う。

 

 

高校入学してすぐに出会った、同学年だけど
1歳年上だった彼女の第一印象は、
「明るくて誰とでもコミュニケーションが
 取れるムードメーカー」だった。

中学まで不登校で身だしなみにもろくに
気を使わない(風呂は入っていたけど)
私にも気さくに話しかけてくれて、
私が所属していたオタク系陰キャグループの
友人達とも親しくなり、
文字通り「みんなで仲良く」していた。

その橋渡しをしていてくれたのが彼女だった
と思う。
彼女は年上年下異性同性、外見も気にせず
人と接する子だったので、当時は彼女を
可愛がる先生や先輩、慕う後輩も多かった。

彼女は家庭環境が特殊で、自身と実の弟と
2人で生活をしていたけど、
環境のせいか本人の気質か両方か、
男の出入りはまあ当時から激しかったほうだった。
俗にいうビッチ。

でもそれで人に迷惑をかけるでもなかったし
彼女が一番親しくしていた友達のMも
割と似た者同士だったし、陰キャ側の私達も
「はぇーすっごい世界だなあ」なんて思いながら
彼女がこともなげにカラッとした口調で話す
異性絡みのどぎついエピソードを食事休憩の
時なんかに良く聞いていた。


そんな各々の青春時代を楽しみながら、
私と彼女は取得単位の関係で同時に卒業を
することとなり、他の友人はあと半年~1年
高校へ通うこととなった。

私は専門学校へ進学、彼女は当時から勤めていた
バイト先でそのまま社員を目指してバイトを
続けることになり、
夜間高校に通う在学中の友人や、早々に結婚を
したMとは時間の都合もあって会う頻度が減って
いた中、私と彼女はちょこちょこ会って遊ぶ
回数が増えていき、親しい友人付き合いが
続いていた。


それは高校在学時から現在に至る10年以上の
間、継続されました。


歳を多少重ねようが彼女のビッチぶりはあまり
変わりはしなかったけれど、
そういうのは他人が何か言っても自分で
意識しないと変わるもんでもないし、
ただ危ない橋を渡るような真似はやめなよ
とも言っていたし、
恋愛絡みでトラブルを起こした時は
友人として真剣に相談に乗ったつもりだったし
叱りもした。


「こんな年齢になってまでうちらは
 何やってんのかね~www」

なんてアラサーになってまで学生ノリみたく
ふざけたりもしたし、
一度だけ日帰りで遠出もしたし、日常的に
会ってご飯食べて近況報告したり近場で
遊んだり、

親しくしていたんだ。
そのつもりだった。


彼女の転機になったのは5年程前。
当時彼女が勤めていた職場の店長さん(女性)が
彼女を妹のようにかわいがってくれていたけど
仕事に対して非常に厳しいひとで、
業務中はよく裏で怒られていたらしい。

でも彼女は自身が割と依存体質ということもあり
男顔負けな様子で仕事する、いわゆる
「自立したバリキャリ女性」に強く憧れていた
ところがあって、気分にムラがあるだの細かい
ところ厳しすぎるだの愚痴もこぼしていたけど
店長さんのことを慕ってはいた。


そんなある日、彼女にとっての事件が起きた。

簡単に説明してしまうと、店長さんや
見知らぬ相手複数名から自分の人格や
これまでやってきたことを公衆の面前で
ボロクソに否定された。

らしい。

私はその場にいなかったし、
彼女からその時の話を聞いただけなので
実際どの程度の言われ方をしたのかまでは
分からない。

彼女から聞いていた話から推察すると
その店長さんは彼女を傷つける目的で
行なったわけでは決してなく、あくまでも
善意で、彼女に良くなってほしいと願う
一心で起こした言動であったようだけど、

それが起きたのが酒の場で、
店長さんが酒に飲まれるタイプでかつ
元々言葉選びが下手くそなタイプで、
彼女は素面であった。


ということで、客観的に見たら酒の事故に
なってしまうんだけど、
彼女自身はその出来事が晩年まで引きずる
ほどのトラウマになった。


店長さんとのやり取りのあと、
ゆっくりと彼女は壊れていったんだと思う。


その出来事をきっかけに親交を深めた
既婚者の男性と長いこと不倫を続けていた
彼女。
モラル的な意味で「不倫やめなよ~」なんて
度々注意はしていたんだけど、
「人格攻撃された私をフォローしてくれた
 彼は私のヒーロー」と公言していた彼女は
不倫をやめることはなく、逆に相手への
精神的依存をエスカレートさせていき、

それでも埋まらない内心の寂しさは、
金を使うことで周りを引き止めたり

「財布と鍵と携帯がズボンのポッケに入って
 いればどこでも行けるっしょ!」

と言って何より身軽を好んだのに
「普段使い用・予備・さらに予備」の
アイテムを持ち歩かなければ不安で仕方ない
と大量の荷物を持ち歩くようになったり。

通販で洋服や雑貨やこまごました日用品を
買いあさり、買ったものは9割収納の
肥やしとしてさらに買い物を重ねる。

物に囲まれていないと、空白が恐ろしくて
たまらないらしく。

後々になって人から聞いたら、

「お金か体を差し出さないと、私のこと
 なんて誰も見てくれない」

と漏らしたこともあったと。


今思えば、彼女が変質していく様子を
身近で見ていたのに、
何も気づかなかったなあって後悔する。


それでも、日常的に接していた彼女は
変わらず明るくて、くだらない話をして
大笑いするようなあの子のままだったんだ。

 


共通の友人であるMと彼女のことを
話した時に、

「友達と遊んでる時は楽しくて、つらいことを
 考えなかったから、相談する頭になれなかった
 んじゃないかな。
 あの子と似た者同士の私だから、
 同じ立場だったらそうするかもしれない」
「それでも何も話してくれなかったのは
 友達としてやっぱり悔しいし、悲しいけど」

っていう意見も出たし、
私が面識のあった彼女の職場の同僚は

「休みの前だったから、帰りの挨拶した
 時だって『また来週』って言って
 別れたのに……休み明けになったら
 こんなことになって……」

と号泣しながら漏らしていたし。


本当に、今になって考えたら
「そういえば」って思い当たる節があるけど、
直前まで、彼女は自身の計画的犯行を
匂わせることはなかった。

 


覚悟した人間って強いんだなって思った。

願わくば、その覚悟を生きた状態で使って
欲しかった。


でも、彼女が抱えていた埋められない
悲しさ、苦しさ、つらさは生きている時に
ついぞ埋まることがなかったから、
最後の手段に出たんだろうな。

残された遺族や私達友人は本当につらいけど、
それでも、彼女が生きていく上で抱え続けて
きた負の感情から解放されたのだとしたら
彼女にとってそれは良いことなのかな、
とも正直思ったりもする。


やりきれないけど。
もっとやりようがあったのにとも
思うけど。

 

 

これまでに何度か人の葬儀に参列した
ことがある。
もちろん自分の身内も含めて。

でも、私自身が幼かったり少し離れた
関係性の相手の葬儀だったりもして、
間近で、身近な人間の「死」に関わったことが
これが初めてで、

知りたくはなかったけど、知ったことが
たくさんあった。


葬儀場で通夜を執り行う際に、
逝ってしまった彼女に初めて対面できた時
眠っているだけのように穏やかな顔を
していて。

声をかけて、揺さぶったら目を覚ますんじゃ
ないの?
盛大なドッキリでしょ?

なんて頭で彼女の頬に触れた時、

 


びっくりするぐらい冷たかった。

 


あ、血が通ってないんだって。

本当に死んでしまっているんだって。


よく小説や漫画なんかで
「死んだ人間の体温」ってフレーズがある
けど、
血が通っていない人間に体温なんか無いんだ。


触れた手に跳ね返る肉や皮膚の弾力もない。

肉そのものが活動をしていないから。

 


手の平へ触れたあの冷たさと衝撃は
一生忘れられない。


これは経験しないと分からないことだった。


知りたくはなかったけど。


…他にも感じたことはたくさんあった
はずなんだけど、
いまこれを書き起こしている時に
棺の中に入って寝ている彼女の姿と
あの温度を思い出したら、
何を書きたかったのか忘れてしまった。

 


生きた彼女に最後に会ってから約2ヶ月。

彼女が空へ還ってから約1ヶ月。


彼女の身内と共に葬儀に最初から最後まで
少し関わった身としては、
「生きている者の為の儀式」と呼ばれる
葬儀で彼女ときちんとお別れができたと
思ってはいるので、
彼女がいない日常に少しずつ慣れつつある。

喪失感は消えることはないけれど。


ただ、諸事情で彼女の葬儀に立ち会えなかった
お互い一番の仲良しであった共通の友人や、
彼女の死・葬儀の執り行いを連絡することが
できず、全て終わってから何かのきっかけで
知った人達は
彼女がいなくなってしまったことをまだまだ
これから自身の中で消化しなければならない
ので、長くて苦しい時間になるかと思う。


でも、やっぱり頑張って消化(昇華)して
ほしいなって思う。
彼女を失った苦しみで、同じことにはなって
欲しくないから。

 

 

最後に、今回私が学んだ一番重要なこと。


「次」は来ないかもしれない。

「今度」はもう無いかもしれない。


「今度会ったら彼女にあの話をしよ~」
って考えていたけど、
もう彼女に会える機会は永遠に無くなって
しまったから。

 


ありがとう。

ごめんね。

大好き。

寂しい。

嬉しい。

会いたい。

 


今、伝えたい人に伝えたいことを
ちゃんと伝えるべきだってこと。

そのチャンスがいつ失われてしまうのか
誰も分からないから。


自分が後悔しないためにも。